【公共性】をこう考える

あらゆる存在が相互に存在を認め合い、声に耳を傾けあう場。
開かれていること。
その場への入退出の自由。
同化を求めないこと、排除しないこと。

公共の場の「政治」に参加するしないも自由だし、
また、「政治」に参加するために特定の同化を求めないということ。

今の一部で見られる社会の右傾化、偏狭なナショナリズムは、
「公共性」をある程度構築しているのかもしれないが、
そこへ参画するために「日本」「日本人」「愛国」
といった概念を(過度に)求めているところに問題がある。